新建築社のブログ

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『丹下健三』デジタル版発売中! 章ごとでも配信中の1〜5章について紹介!

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2002年、当社より限定2,500部で刊行いたしました『丹下健三』(著:丹下健三藤森照信)ですが、発売から間もなく完売し、長らく品切れとなっておりました。 再刷をご要望される多くの声にお応えして、このたびデジタル版として発売することになり、丹下健三氏の生誕日でもある9月4日から発売を開始しました。


2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催を控え、2020年とその後の社会についてさまざまな議論が交わされています。 こうした中、あらためて前回(1964年)の東京大会を振り返り、その時、建築家は何を想い、何を未来へ託そうとしたのか、多くの施設を手がけた丹下氏の言葉と設計を通して、その思想の一端を識ることができるのではないでしょうか。

 

 

 

「第1章 生い立ち」

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第1章誌面


丹下氏の生い立ちまで遡り,丹下氏の育った家の描写,少年時代に何に興味を持ち影響を受けたのか,建築家を志すきっかけとなった「ソヴィエト・パレス」との出会いなど,それまで語られてこなかった丹下氏が大学入学するまでのエピソードが当時の時代背景を交えながら事細かに語られています.

 

姉と妹の記憶では、健三がカメラに没頭したのは中学1年生で、天体観測の方は2年生からという。...(16頁)

 


理科にいながら文科に心引かれる丹下は、いよいよ進路(大学受験)を決めなければならない3年生になった。そして、ある日、学校の図書館でいつものように新着の外国の芸術系の雑誌を読みあさっている時、ル・コルビュジェと出会ったのである。...(18頁)

 

 

「第2章 学生時代」

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 第2章誌面|右ページは丹下氏の卒業設計


丹下氏の学生時代について語られます.学生時代取り組んだ課題の図面など滅多に見ることができない貴重な資料が図版として掲載されています.また,丹下氏と学生時代を共にした方たちへのインタビューや丹下氏の処女論文である「<この後にくるもの>への考察──序──」の読み解きを掲載.彼が何を考え卒業設計に至ったかが語られています.

 

製図室は、設計にとどまらず自由な集いの場でもあり、時々、建築・美術書輸入業者の東光堂が新着の建築本や雑誌を風呂敷に包んで運んで来てテーブルの上にどっと広げると、学生たちは争うように手に取ってほしいものを買い取り、そうした本や雑誌をネタに建築について論じ合うのだった。...(28頁) 

 

 

「第3章 修行時代──前川事務所にて」

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第3章誌面|前川事務所での思い出が語られる

 

丹下氏が大学を卒業し前川國男建築設計事務所へ入所した頃のことが語られます.前川事務所で関係した仕事,当時の生活や前川事務所時代に編集していた雑誌『現代建築』に掲載された論文「MICHELANGELO頌──Le Corbusier論への序説として──」について語られます.また,ひとつの転機となった「岸記念体育会館」など仕事を始め徐々に頭角を現していく丹下氏の姿を追うことができる章となっています.

 

丹下の担当で岸記念体育会館が生み出された。集大成にふさわしく、レーモンド夏の家からは逆折り屋根によるダイナミズムを、パリ万博日本館からは柱梁の構造を強調した秩序感をそれぞれ引き継ぎ、ふたつを統合してそれまで誰も見たことのない木造モダニズムを実現した。...(70頁)

 

 

「第4章 戦時下のデビュー」

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第4章誌面|右ページは「大東亜建設記念造営計画」のパース

 

大学院に戻り都市計画の勉強を始めた丹下氏のエピソードから始まります.徐々に戦争が激しさを増していく中で丹下氏が1等を取った「大東亜建設記念造営計画」のコンペ,その詳細について語られます.圧倒的な表現力を持ったこの提案がどのようにして生まれたのか,丹下氏のそれまでの歴史を踏まえながら読み解かれていきます.

 

都市というとらえどころのないものを、人びとの動きに着目して構造化してみよう。芸術家と工学者が、美と数学が、大学院時代の丹下のなかには並存している。...(75頁)

 


(大東亜建設記念造営計画1等案について)丹下案は、モダニズムの先達としての前川の思考と予想の範囲を超えていた。前川は金的をねらい打ちされて絶賛を余儀なくされたのだった。...(82頁)

 

 

「第5章 戦争の果て」

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第5章誌面|右ページは「在盤谷日本文化会館建築懸賞設計」の図面


タイの首都・バンコク日本文化会館を建てる「在盤谷日本文化会館建築懸賞設計」のコンペのエピソードから始まります.また戦争時の建築家たちの動きについても語られ,戦争というものがどのような影響をもたらしたかが描き出されます.

 

大東亜建設記念造営計画コンペと在盤谷日本文化会館コンペのふたつに丹下は続けて勝った。ふたつの案はモダニズム建築家たちの国粋化を示すひと続きのものとしてとらえられやすいが、分けて考える必要がある。なぜなら、大東亜コンペ案は、モダニズムをベースにいかに伝統を取り込むかがテーマなのに、在盤谷コンペ案はそうではないからだ。違いは本質的と考えられる。...(102頁)

 

 


この後の章の紹介についても配信のたびにアップデートしていきます!丹下氏の貴重なエピソード,これを機にぜひご覧ください!

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