新建築社のブログ

建築専門の出版社・新建築社よりイベントレポートや書籍に関連した情報をお送りします!

Archi future 2017に行ってきました

随分と日が経ってしまいましたが,先月10月27日に,建築分野におけるコンピューテーション活用の最新のソリューションが紹介されるイベント「Archi future 2017」に参加し,レクチャーなどを拝聴しました.

中でも印象深かった,暦本純一氏による「空間の拡張・人間の拡張」の内容について簡単にレポートします.

www.archifuture.jp

 

 

空間の拡張・人間の拡張

暦本氏はまずマーシャル・マクルーハンの言葉を引き合いに出し,テクノロジーはあらゆるものを拡張するものだと語り,ふたつの拡張「空間の拡張」と「人間の拡張」についてレクチャー.

空間の拡張

Squama

Squama: A programmable window and wall for future physical architectures (UBICOMP 2012 video) from rkmtlab on Vimeo.

 

まず紹介されたのはプログラム制御によって透明度を変化させる窓「Squama」.

Kinetic Facades

暦本氏はジャン・ヌーヴェル氏の「アラブ世界研究所」などの建築に触れつつ

madoken.jp

可変する外観を持った建築(「Kinetic Facades」)の存在に言及します.これまでの「Kinetic Facades」ではあくまで意匠的な問題としか扱われていなかったが,「Squama」のように精密に制御できるようになることにより,「Kinetic Facades」を機能として扱うことの可能性について話しました.

 

例えば,通気性.

使用者の身体状態に合わせて形状を変化させ,通気性をコントロールするスポーツウェアを引き合いに出しつつ,

www.gizmodo.jp

環境に自動適応するような建築の可能性について.

 

またはプライバシーなど.

人の動きをトラッキングすることで人の動作に合わせて,窓の一部分のみを不透明化する技術や窓を通して見える景色をマスキングする技術など,開口部に求められる,開いてはいたいけどプライバシーを守りたいという矛盾した欲求をコンピューターの精緻な制御で実現する技術を紹介しました.

 

また,部分的に影を発生させる「Programmable Shadow」は,直射日光を必要としつつもその分上昇した温度を冷房によって調節していることにより非効率なエネルギーの運用状態になってしまっている温室などへの活用可能性について語りました.

 

Mediated Reality(調停現実)

VRのようにもうひとつの現実をつくるわけでもなく,ARのように現実の上にさらに重ね合せるものでもない情報を足したりすることで人間にとって自然に思えるような現実を実現する技術を暦本氏は「調停現実」と名付けます.

こうした技術の本質はマーク・ワイザーの「Calm Technology(コンピューターなどの技術が日常に編み込まれ,意識せずともサポートしてくれるようなもの)」のように普段は見えないけれど私たちの生活を支えてくれるもの,はたまた梅棹忠夫氏が述べるように生活の「秩序と静けさ」を生み出すことであり,そのようにテクノロジーは発展していくものだと暦本氏は語りました.

 

人間の拡張

次は「人間の拡張」について.

まず暦本氏は石ノ森章太郎氏の『サイボーグ009』を引き合いに出しながら「HA(Human Augmentation)=人間拡張」について話しました.

暦本氏が提唱する「HA(Human Augmentation)=人間拡張」,「AH(Augmented Human)=拡張人間」は技術により能力を強化・増幅させた人間のこと.実際の試行を紹介しながら,そうした未来の可能性について語りました.

 

■Flying Head 

ヘッドマウントディスプレイを装着し,ドローンの視線をハックするもの.

 

■Jack-In

lab.rekimoto.org

「Jack-In」はウィリアム・ギブスンSF小説ニューロマンサー』をオマージュし名付けられたもの.ある人間を他のものや他の人間に接続することで,体験の共有などをするもの.

 

JackIn Space from rkmtlab on Vimeo.

LiveSphere: Immersive Experience Transmission by Wearable Omnidirectional Camera with Motion Decoupling from rkmtlab on Vimeo.

 

こうした技術はスポーツ観戦などの体験をさらにエキサイティングするだけではなく,自分を客観視する視点を持足せることでスポーツトレーニングにも適用できるとのこと.

こうした認知の拡張によって,人間がさらに自身の可能性を引き上げることに繋がるというのは非常に興味深いものでした.

 

 

(暦本氏×豊田氏の対談も興味深いものでしたが,まとめて書くことできませんでした...) 

 

感想

技術の進化により,より高精度に機械などを制御できるようになってきていて,さらにそれらが安価・簡易になり,技術の民主化が次第に進んできています.

その状況が整ってきているからこそ,暦本氏が,「Squama」のような可変性のある建築の可能性,そして拡張人間を目指してトライアンドエラーを繰り返していることに感銘を受けました.

建築の分野とは違う形で身体性(認知)にアプローチする「人間拡張」の試みは今後,建築の分野でも大いに参照される知見を積み重ねていくのだな,という風に感じました.

 

執筆者:fkd

批評空間を揺さぶる毒─『国立東京近代美術館 「日本の家」展 シンポジウム@青山ハウス』イベントレポート

東京国立近代美術館で開催されている「日本の家」展(会期:2017年7月19日〜10月29日)は、日本の住宅史およびそこで示された批評空間の系譜学について、多くの意見が寄せられ、反響を呼んでいる。この展覧会が何を示したのかをより深く考察するために、異なる意見をもつ方、また今回の展覧会に出品していない建築家にも集まっていただき、本展のキュレーターと監修者とともに公開シンポジウムが新建築社青山ハウスにおいて開催された。

【イベント概要】
■開催日時
2017年9月26日(火) 18:00 - 20:00
■参加者
進行:保坂健二朗(キュレーター)
村松伸(建築史家・東京大学生産技術研究所教授)
塚本由晴(建築家・東京工業大学教授)
川添善行(建築家・東京大学准教授)
平田晃久(建築家・京都大学准教授)
アーカイブ動画
https://www.facebook.com/ShinkenchikushaAoyamaHouse/videos/882679835222316/

 

<本稿は『新建築 住宅特集』2017年11月号に掲載された記事を転載したものです>

 

批評空間を揺さぶる毒

批評が批評を呼ぶ。それほど健全な社会はなかろう。

 

国立東京近代美術館で開催中の「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展は、戦後の日本の住宅に13の批評を語らせたことで好評を博している。この13の批評からさらなる批評を紡ぎだそうと、日暮れ過ぎの新建築社青山ハウスでシンポジウムが開催された。建築家の川添善之と平田晃久、建築史家の村松伸をゲストに、本展キュレーターの保坂健二朗とチーフ・アドバイザーの塚本由晴がホストとなり、笑いの中にも棘のある議論が繰り広げられた。

f:id:shinkenchikusha:20171026153446j:plain

 

まず断っておくと、建築史家の村松はもちろん、川添、平田の両名は本展覧会の出品作家ではない。しかし、だからといって「誰それが入っていない」とキュレーターの選考を論争の火種にしたり、建築史の知見を振りかざして13の批評空間の妥当性を云々したりといった、ありきたりな議論はまったくなかった。

むしろ村松は冒頭で儒学者・穂積以貫の言葉、「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也」を引き、保坂と塚本による批評空間の系譜が、実に寄り過ぎることなく、創造性を遺憾なく発揮することで生まれたふたりの卓越した芸である、と評した。

 

では、何が争点となったのか。
そのひとつは、平田が投げかけた「住宅をあえて建築から切り分ける意味はあるのか?」という問いだった。

f:id:shinkenchikusha:20171026153811j:plain

 

展覧会でも掲示されているように篠原一男はかつて民家をキノコに例えた。周辺環境や人びとの生活と一体となって立ち上がってくるのが民家だと篠原は考えていた。しかし、住宅を建築と見なすと、住宅のそのような側面を捨象してしまう。そういう事態は避けたい。それが塚本の考えであり、あえて住宅を建築から距離あるものとして捉えている。だが、平田はそれに疑問を呈した。

小学校の近くに文房具屋ができる。それすらキノコのようなものではないか。

平田はそれを「地表現象」という言葉を使って説明し、住宅を特別視することに違和感を示した。建築家がコントロールしきれない周辺環境や文化といったものをいわば他者として受け容れ、それに呼応するかたちで建築をつくっていく。そのような地平は、住宅の枠組みに留めておかず、住宅を越えて広がっていくべきではないのか。平田のその指摘には確かに頷けるものがあった。

f:id:shinkenchikusha:20171026153643j:plain

 

川添もまた同様の感覚を「住宅が溶けていく時代」という言葉とともに表明した。例えば、民泊を前提とした住宅の設計では、住宅なのかホテルなのかは曖昧になっていく。つまり近代の施設概念を覆すような動きが住宅から生じているのだ。建築のあり方を住宅が変えていく時代が来るという見立てを川添は示した。

f:id:shinkenchikusha:20171026153736j:plain

 

本展覧会はもともと海外の観客に向けて企画されたものである。日本の建築家による住宅は海外でウケがいい。しかしそれは、「変な住宅に住む人たち」というエキゾチシズムによる評価でもある。

そうした眼差しへの抵抗として本展覧会は企てられ、批評空間というかたちでそれぞれの住宅の背後にある思想や社会的問題を提示した。実はその試みが、単に日本の家に対する理解を深めるだけではなく、西欧が先導してきた近代の建築概念への鋭い批評としても機能し得る。平田や川添の指摘からそのことに気づかされた。

 

他方で、日本に巡回した展覧会は、海外とは別の意図をもつはずである。村松は冒頭で本展覧会への好感を示したが、と同時に保坂や塚本が何のために批評空間や系譜学をもち出すのかがよく分からないとも批判した。

f:id:shinkenchikusha:20171026153916j:plain

 

この意図について「隠れた意図」という言葉でもって最後に塚本が触れた。それは、誤解を恐れずにいえば、賞味期限切れの批評空間を脇に置き、有効な批評空間を召喚し、未知の批評空間を新設することである。 例えば「閉鎖から開放へ」という批評空間の系譜は、もう賞味期限切れだと塚本は語る。 

f:id:shinkenchikusha:20171026154007j:plain

 

この批評空間に関して展覧会では、伊東豊雄坂本一成のふたりの建築家が、内と外の対比という課題に対して、申し合わせたかのように足並み揃えて作品を変えていくさまを展示している。

f:id:shinkenchikusha:20171026155444j:plain

内と外の対比は、これまで実に多くの建築家が言及してきたところである。だが、それをたったふたりの建築家に託し、その並行関係を発見的に展示することで、内と外の対比を巡る批評空間の強度を浮き彫りにしている。ある意味で展示する側の作為が最も現れた箇所であり、「東工大色」が強いと見られる箇所のひとつでもある。しかしそこには、賞味期限切れというある種の毒が、塚本によって盛られているのである。13の批評空間は決して等価に並んでいるのではない。 

f:id:shinkenchikusha:20171026154458j:plain

 

ミシェル・フーコーは系譜学を私たちの前提を揺さぶるものとして思い描いた。

 私たちが前提とすることの系譜を辿ることで、むしろそこに必然性はなく、偶然の重なりでしかないことを露わにする。したがって、批評空間の系譜学とは、批評空間にお墨付きを与えるためのものではなく、それらの取捨選択を促し、批評空間を活性化させるためのものだ。 だが、それには既存の批評空間を揺さぶる毒となる視点が必要である。秋の夜に現れた3人の論客もまた、そのような毒としてあった。展覧会に別の視点をもたらし、新たな批評空間の始まりの予感を生んだ。

(林憲吾/東京大学生産技術研究所講師)

 

 

新建築住宅特集2017年8月別冊
日本の家 1945年以降の建築と暮らし
発売中!

f:id:shinkenchikusha:20171026155056j:plain

 

 

新建築社が運営するイベントスペース・青山ハウスでは建築・都市に関連したイベントの企画持ち込みを歓迎しています。

もしご興味のある方はaoyamahouse@japan-architect.co.jpまでご連絡いただくかFacebookページよりご連絡ください!

f:id:shinkenchikusha:20171026160958j:plain

【青山ハウスイベント告知】『JA107 ディテールの思考と挑戦』シンポジウム@青山ハウス

f:id:shinkenchikusha:20171016103817j:plain

 

新建築社の新しいオフィス「青山ハウス」でイベントをやります!

 

季刊誌『JA』の関連企画を開催します.9月に発売し好評を博している『JA107 ディテールの思考と挑戦』.今回の企画は,ディテールや図面,そして建築について,さらに掘り下げて考えてみようという試みです.本誌に参加いただいた中山さん,高橋さん,福島さんと,進行役に藤原さんを迎えて,誌面に掲載されたエッセイやディテール図面をきっかけにしながら,議論を深めていきたいと思います.
ぜひお誘い合わせのうえご参加下さい!

 

■お申し込み
下記Google Formからお申し込み下さい.

goo.gl

 

※定員数に達したため、お申し込み受付を終了しました。(2017/10/25記)。

※数席分のお席が確保できましたので,お申し込みを再開しました!すぐになくなる可能性が高いので,お申し込みはお早めに!(2017/10/23記)
※想定以上のお申し込み数のため、一旦申し込み受付を停止させていただきます。お席の確保の目処がつきましたら、申し込み受付を再開します(2017/10/17記)。

 

■日時
10月28日(土)17:00〜19:00(16:45開場)
入場無料
※終了後,簡単な懇親会を予定.

 

■登壇 
中山英之 (建築家/エッセイ執筆+作品掲載(石の島の石,弦と弧)) 
高橋堅 (建築家/エッセイ執筆+作品掲載(のりたまハウス))
福島加津也 (建築家/作品掲載(木の構築,時間の倉庫))
進行:藤原徹平 (建築家/JAエディトリアル・アソシエイト) 

 

■会場  
新建築社 青山ハウス (東京都港区南青山 2-19-14)

https://www.facebook.com/ShinkenchikushaAoyamaHouse/

f:id:shinkenchikusha:20171016104004j:plain

LivingTechに行ってきました

9月20日に半蔵門にあるLIFULL本社で行われたカンファレンスイベント「LivingTech」に参加してきました.

メインテーマは「暮らしをテクノロジーで変える」

http://livingtech.strikingly.com/

VRからFinTechの技術,Weworkにライゾマティクスなど不動産,金融,テクノロジー業界の人たちが集結した興味深いイベントでした.

全セッションを聴講することはできませんでしたが,聴講したものを簡単にレポートします.

 

空間の作り手とユーザーのギャップを埋めるVRの可能性
─芳賀洋行(InstaVR)
─沼倉正吾(DVERSE)
─中村真広(ツクルバ)

昨年あたりから話題になっているVRをテーマにしたセッション.

建築設計や不動産サービスなど建築・不動産分野で活躍するツクルバの中村真広氏をモデレータに,VRのサービスを提供しているInstaVRの芳賀洋行氏とDVERSEの沼倉正吾氏が登壇.

 

ツクルバ↓

tsukuruba.com


InstaVR↓

jp.instavr.co


DVERSE↓

dverse.me

 

コミュニケーションの変革としてのVR

まずは,イントロダクションとして中村氏のスライドトークから.
建築の設計プロセスではクライアントとのイメージ共有のためのコミュニケーションがかなり求められる.

これまで建築家は図面や模型,スケッチ,CGパースなどありとあらゆるツールを用いてクライアントとのイメージ共有を行ってきたが,やはりどうしてもズレが起きてしまう,と設計を進める時の課題に感じている部分について語った.
そしてその時に,臨場感や感覚的なニュアンスを伝えるツールとしてVRが活躍するのではないか?とVRへの期待を語る.
実際のプロジェクトでのVRの使用例についても触れ,VRへの将来性の具体的な感触と期待を語った.

中村氏のVRへの期待への応答として沼倉氏の話が興味深いものだった.

建築実務者向けのVRプラットフォームを提供する沼倉氏は自身の会社のライバルはSkypeなどのコミュニケーションサービスやPowerPointなどの汎用性の高いプレゼンテーションツールであると語る.

つまりVRはただのプレゼンテーションツールではなくコミュニケーションを円滑にする「会議室のようなもの」だということだ.
未来の可能性としてVRだけを使うのではなく,VR空間をプラットフォームとし,さまざまなツールと組み合わせていくことで伝えにくいイメージの共有や遠隔の会議などあらゆる面でこれまでのコミュニケーションコストを下げられるのだ.

 

ラフさが重要

これまでのプレゼンテーションやコミュニケーションでは,十分に意思の共有をするために,伝える側の準備がかなり必要だった.

それでも意思の共有は十分に行うのは難しい.しかし,VRはより感覚的なものなので,伝えられる側が「感じる」ことが求められる.

そのことにより伝える側と伝えられる側の情報の非対称性はある程度解消されるはずだ.


実際,中村氏が手がけているプロジェクトでVRを導入したところクライアント側から見たいという要望が増えたそうだ.中村氏はこうした「ラフなコミュニケーションの実現」こそVRのもたらす重要なポイントではないかと語る.
「ラフなコミュニケーション」を取れるようになることでクライアントと設計者の意思を共有したより密度の高い設計を行えるようになる.そしてその「ラフなコミュニケーション」を実現するひとつのツールとしてVRが大いに役立つ可能性があるのだ.

 

贅沢の対象がスライドされる

VRによって時間や空間の制約が解放されるようになると,旅行や教育などで利用される機会が多くなるだろう.
観光のひとつのあり方として格安の値段でリゾートや僻地の様子を体験できるようになるかもしれない.

実際,雪が降らない東南アジアの人たちが雪を体験するためにVRを利用しているという例があるという.
このように仮想空間上での体験の質が向上することで,新しい体験のあり方が生まれる.すると逆に,自らの身体をその場に運ぶ(移動する)ことの価値が上がるのではないかということが話された.

つまり,(自らの身体を使って)旅をすること自体が一種の「贅沢」として認識される世界になるのかもしれないのだ.

テクノロジーが進化することによって人間が自らの身体を再認識する,VRはそんな機会の創造のパラダイムシフトとしても機能するのかもしれない.

 

視覚は人間の感覚のほとんどを占める

VRは主に視覚と聴覚によって構成されているが,その他の感覚へのアプローチはあるのかという質問が会場から出た.
これに対して,「そもそも人間の感覚にとっては視覚は大きな割合を占めるものであり,視覚を網羅するだけでもかなりリアルなVR体験ができる」とのこと.しかし,建築の分野では建材や内装の手触りも体験として重要になってくる.

そのため,さらにリッチな体験を目指すために現在「触覚」の再現を研究していると沼倉氏は話す.「触覚」は振動と温度で再現が可能であり,この技術が確立されればVRはより意思共有のための強力なツールとなるだろう.

 

VRはまだまだ「ファミコン」にも達していない

以上,VRのさまざまな可能性と期待が語られたが,一方でVRは未だ「ファミコン」以前の技術でしかない.
ある技術が登場してから成熟するまで一般的に20年程度必要だと言われている.今や誰もが持つようになったスマートフォンのような携帯端末も20年前はちょっとしたバッグ程の大きさの肩がけのもので,持つ人も限られていた.

そして,ほとんど実写のようなグラフィックを実現できるようになったPS4などの据え置きゲーム端末でさえも20年前にはドットでしかグラフィックを表現できないファミリーコンピュータしかなかったのだ(驚くべきことに1988年に発売された『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』は容量が256キロバイトしかなかったのだ).
だからこそ,VRは私たちが予期せぬ方向も含めてまだまだ進化の可能性を秘めている技術なのだ.
 

 

人びとの価値観を変える場のつくりかた(仮)
─林厚見(SPEAC,東京R不動産
─斎藤精一(ライゾマティクス)
─若林恵(WIRED)
─内山博文(u.company)

タイトルからは外れて,日本の現在の都市を取り巻く状況について語られた.

人口減少や住宅価値の下落,中小ビルの利活用についてなど今後直面していく状況に対して未来をどう考えるか,イノベーションはどう起きるのかなど話題は多岐に渡った.

 

SPEAC,東京R不動産

www.realtokyoestate.co.jp


ライゾマティクス↓

rhizomatiks.com


WIRED↓

wired.jp


内山博文↓

www.wantedly.com

 

参考URL:
エストニアは“なぜ”IT先進国になったのか↓

farsite.hatenablog.com


■ついにはじまる、グーグル「Sidewalk Labs」の都市革命↓

wired.jp

 

「未来」は予測できない・語れない

まずこの大きな話に対して先陣を切ったのはWIREDの若林氏.
若林氏はきっぱりと未来は予測できないものだと語る.数十年後の予想図など,誰も描けないし,描く意味もないのではないか?
それに応答して斎藤氏はこう語る.
Googleで「再開発」と検索すると,似たような鳥瞰パースがずらっと出てくる.

再開発 - Google 検索
どれも同じような計画だというのも問題だと思うが,街を鳥瞰視点で体験する人がいないのに,なぜこの視点でイメージが描かれるのか?

それが一番の疑問である.本来は住民視点のアイレベルのイメージが前面に出るべきであるはずなのに.
このことと「未来」を考えることも同じで,「誰のため,なんのための未来なのか?」.こうしたことが考えられない限りは「未来」を予測・語ることに意味はないのではないか?
それよりも「明日」のことを考えたいと斎藤氏は話した.

 

国が後退して都市が前進する

一方でこれからの時代は国の存在価値が下がって,都市の価値が上がっていくということが考えられる.
その時には「価値基準の共有」が重要になってくると林氏は話す.
なぜなら,都市のあり方を決めていくのは「制度」がかなり影響力を持っていて,その制度はある価値観の共有を持っていないと決定しきることができないからだ.
現状では,その制度設計の分野にクリエイティブの思考は入ってきていない.

ここにどう介入していくかという将来的な課題としてひとつあるのだという.その時にIT先進国として国家的に取り組むエストニアの例などは参考になるかもしれない.

farsite.hatenablog.com


その話題に応答し,斎藤氏はバルセロナの建築家数人と話したことがあるが,そのキャリアのあり方が面白かったと語る.

なぜなら彼らは一度市役所に勤めてから建築家としてのキャリアを始めているからだ.バルセロナでは法律の面から思考ができないと話にならないという背景があるらしい.

blog.archiphoto.info

 

blog.archiphoto.info


たとえば,シェアオフィスをつくったとしてもメンターがいてルールがきちんと定まってないと上手く使われない.

国が後退して都市が前進する時,制度やルールの存在が近くなるはずだ.その時にそれらについてどう考えるのが重要なのだろう.

 

イノベーションはどのように醸成していくのか

イノベーションを「新しい状況が生まれる世界観」だとすると国から都市に比重が大きくなっていくときと同様に制度やルールが重要になってくる.

その時に「価値観」として日本人の気質にイノベーションが合うなのかなども問題になってくるだろう.
イノベーションの1例として,Googleが「SideWalk Labs」を始め,テクノロジーによって都市を変えようとしている.

wired.jp


実際にはまだ成果は出てないが,チームとしてはものすごいチームになっていると語る斎藤氏.こうしたデジタル技術のarchitectureの規制は将来的には法律にも絡んでくるだろう.
林氏はこうしたテクノロジーでの実践に触れつつ「政治にもAIを入れて早く最適化して欲しい,そしたら最適化なんて退屈じゃんって気付くだろうし(笑)」と話す.
この発言からはGoogleの例のようにさまざまな試行が増えること(それをできる土壌を整える)でフィードバックループを回転させていくことがイノベーションには重要なのではないかということが伺い知れる.

 

では,デジタルは何をもたらすのだろうか?
若林氏はデジタルによって個人事業主(スモールビジネス)が増えていくのが良いのではないかと話す.

スタバのチェーン店が増えるより,個人経営のコーヒーショップが増えた方が街に多様性が生まれる.デジタル技術は新しいことを始めるハードルを下げる(例えば,出店場所を探すのもウェブで手軽に行えるし,お店のアピールにはSNSが使える,「リブライズ」のようなサービスを使えば多機能化も可能だ).

デジタルによって選択肢が増え,新しいことを始める自由が増大しているのだ.


もしかしたらVRのような技術がどこでもドア的なものになり,本質的なリモートワーク(テレワーク)ができるようになるかもしれない.そうなると職業選択の自由もより広がる.また,住むところと働くところの意味合いも変わるかもしれないし,「移動」の価値も変わるかもしれない(セッション1と繋がった!).
イノベーションの土壌はデジタルを利用することやルールを考えることで,「どれだけ自由を担保できる状況を作り出すか」が重要なのではないかと感じた.

 

万人の幸せなんてものは存在しない

最後に会場からテクノロジーを活用して生活や暮らしを豊かにしていくにあたり,どういう幸せを求めていくのがいいのかという質問があがった.
若林:人間は幸せになるのが本当にいいのか自体が疑問.幸福のあり方は人それぞれ.それを社会全体で求めようとすること自体を見直した方がいいのではないか?
斎藤:その価値基準をカスタマイズしていけるような仕組みがいいのではないか.今でもたまには電波0の状態になりたい時がある.どの局面にも対応できる柔軟な思考が必要だと思う.
林:選択自由度の向上が重要.人間はやらなければならないことが無くなっていく方に向かっていくのが正常だと思う.人間は暇になった時に創作などを行う.そこからイノベーションが生まれていくかもしれない.

 

LivingTechの価値と未来
─井上高志(LIFULL)─内山博文(u.company)
─上野純平(リノベる)─中村真広(ツクルバ)
佐藤純一(SuMiKa)─山下智弘(リノベる)
─重松大輔(スペースマーケット)─伊藤嘉盛(イタンジ)

全体のセッションを通して感じられたこと,「LivingTech」のこれからについて

LIFULL↓

lifull.com


リノベる↓

www.renoveru.jp


SuMiKa↓

sumika.me


スペースマーケット↓

spacemarket.com


イタンジ↓

www.itandi.co.jp

 

参考URL:
WeWorkが描く新しい不動産のかたち

3dcel.com

 

水平カンファレンスからクロスカンファレンスへ

発起人の上野氏は,テック業界では水平ごと(分野ごと)のカンファレンスは無数にある.ただ異分野の知識や技術をクロスさせるカンファレンスは存在していなかった.今回のイベントでは不動産,VR,金融,建築などさまざまな分野の人たちが集まった.このコミュニティを醸成して,第2回,第3回とステップアップしていきたいと語った.

 

ユーザーと作り手の摩擦係数を0にする

セッション1でVRのセッションのモデレータを務めた中村氏,コミュニケーションコストを下げるという視点でVRなどのテクノロジーの価値を再確認したことを語った.セッション3で登場した秋吉浩気氏の「VUILD」 

VUILD
のプロジェクトにも触れ,ユーザーと作り手が持つ情報や知識などの非対称性をなくすことが重要だと語る.

また,不動産などの分野でも従来は資金繰りなどで購入を諦める人もいたが,それらもフィンテックなどの技術によるフィナンシャルプランニングが実現すればよりスムーズになるのではないかとさまざまなテクノロジーへの期待を語った.

 

コミュニティをどうつくっていくか

上野氏は,Weworkが建物の3Dスキャンデータを取り,スピーディな事業を可能にし,同時に独自のSNSを持ちシェアオフィス内のコミュニティ創出にも寄与していることに触れる.

不動産業界ではテクノロジーへの信用度が低い人が多い.特にインターネット・テクノロジーになると建築分野でも壁をつくる人が多い.そういった人たちに価値を広めていくのにどうすればいいのか,Weworkのようなコミュニティづくりへの実践は大いに参考になると語った.

 

最後,各セッションの振り返りを行い,今後も継続的に続けていきたいと上野氏は語り,閉会した.

 

感想

上野氏はテック業界では水平のカンファレンスは無数にあるが異分野と交流する垂直のカンファレンスはないと話した.しかし,建築業界ではそもそも水平のカンファレンス的なものですら数少ない.

今回参加してみて分かったのは新しい技術を利用しながら現場で動いている実践者たちの話を聞くということはとても重要だという素朴な事実だ.

例えば,VRと言えば現在ではプレゼンテーションツールの1方向だとして捉えられがちだが,沼倉氏が語ったようにskypeなどのコミュニケーションツールに取ってかわるかもしれない(少し前まではあまり見かけなかったskype会議なんてものが浸透し始めているので,skypeはコミュニケーションのひとつのあり方を変えたと言えるだろう).

設計にしろなんにしろあらゆることはコミュニケーションから始まる.コミュニケーションのあり方が変わるということはそれに関わるもの全てが変わりうる可能性があるということだ.

VRがそれだけ大きなインパクトを秘めたものだということは本カンファレンスに参加したからこそ肌感として分かった.こうしたことは実際につくりながら思考している沼倉氏の言葉だからこそ説得力を持つのだろう.

残念ながら今回は3つのセッションにしか参加できなかったが,FinTechやWeWorkなどそれらの試みがもたらすものも実際に体験してみないと分からないのではないかと感じた.

おそらくこうした事実や知見は実践してみない限り蓄積されていかない.重要なことは,実践し,得た知見をフィードバックに回していくということだ.

この「LivingTech」というイベントはそうした知見の蓄積と共有を異分野間で伝搬していく良いきっかけになるのではないかと感じた.

 

【追記:10/8】

UniteでDVERSEのプレゼンテーション資料が公開されていました.

 

 

執筆:fkd

『丹下健三』デジタル版配信記念 藤森照信氏インタビュー (2017年9月4日収録)

丹下健三』デジタル版配信記念として著者である藤森照信さんにインタビューをしました。

本をつくるまでのエピソードや苦労、本には収録されなかったエピソードなどここでしか聞けないエピソードが満載です。ぜひご覧ください!

 

 

丹下健三』をつくるまで──「昔話」が嫌いだった丹下さん(06:01)

www.youtube.com

 

丹下さんは基本的にインタビューを嫌がる方で、「昔話より今の話を聞きなさい」とよく言っていました。
作品集をつくるというのは丹下さんの方から来た話でした。

 

もともとは中学生向けの評伝を書いてほしいという話で、それをつくる前にまずは大人向けの評伝をつくろうと展開してこの本をつくることになったんです。

 

僕がやらなければいけないと思ったのは、「なんで世界の丹下になったのか」ということを明快にすることでした。

 

 

あの時期じゃないと出せなかった──丹下健三の評伝をつくるということ(11:11)

www.youtube.com

 

丹下さんは字組やレイアウトなどのグラフィック、写真の選択にすごい厳しい方でした。
なのでレイアウトは全く決まりませんでした。
最終的には丹下さんが折れる形でまとまりました(笑)。

 

一方で丹下さんは、文章とは書いた人のものであって間違い以外は直さない、という徹底された考え方を持っていました。 

 

本に関わってくれる人全員が協力してくれる絶妙な時期に本をつくれたと思います。

 

思い入れ深い誌面について──丹下さんの転向を示すふたつの論文(03:23)

www.youtube.com

 

丹下さんが学生時代に書いたふたつの論文はすごい貴重なものだと思いました。(2章に登場)
「<この後に来るもの>への考察──序──」
「文化を想ふ」
あれは明らかに丹下さんの思想が学生時代に転向していることを示すものでした。

 

こうした戦争中の思想の変化というのはお互いに聞かないというのが暗黙のルールだと聞いていたのですが、丹下さんはこれについても素直に答えてくれました。

 

 

インタビューを通して感じたこと──戦争中について(02:53)

www.youtube.com

 

日本の建築家って建築界内部の人たちに対して自分にとって不利なことでも隠すってことはしないんですよね。

 

 

オリンピックについて──「ソヴィエト・パレス」から始まった建築家・丹下健三(04:11)

www.youtube.com

 

丹下さんが倒れるほど集中して取り組んだ作品が「香川県庁舎」(第8章)と「国立屋内総合競技場」(第12章)でした。

 

東京オリンピックプール(国立屋内総合競技場)は鉄とガラスとコンクリートをフルに使った20世紀建築の傑作で、あれを超える建築はもう出てこないのではないかと思います。

 

コルビュジェが夢見た「ソヴィエト・パレス」を丹下さんが引き継いで実現しているんです。

 

丹下さんは映画監督になろうかと本気で考えていた時期に「ソヴィエト・パレス」と出会って建築家を目指したそうです。

 

 

丹下さんとサーリネン(02:53)

www.youtube.com

 

当時の丹下さんの唯一のライバルとも言えたのはサーリネンでした。
丹下さんは「サーリネンのディア・カンパニーと東京都庁舎が似てしまったけど、
どうしてああいうことになってしまったんだろう」と言っていたのが印象に残っています(笑)。 

 

 

丹下健三』デジタル版を9月4日から配信! 

f:id:shinkenchikusha:20171004132015p:plain

表紙

2002年、当社より限定2,500部で刊行いたしました『丹下健三』(著:丹下健三藤森照信)ですが、発売から間もなく完売し、長らく品切れとなっておりました。 再刷をご要望される多くの声にお応えして、このたびデジタル版として発売することになり、丹下健三氏の生誕日でもある9月4日から発売を開始しました。


2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催を控え、2020年とその後の社会についてさまざまな議論が交わされています。 こうした中、あらためて前回(1964年)の東京大会を振り返り、その時、建築家は何を想い、何を未来へ託そうとしたのか、多くの施設を手がけた丹下氏の言葉と設計を通して、その思想の一端を識ることができるのではないでしょうか。

 

デジタル版(iOS版)購入はこちら


皆さまの応援で実現する再刷プロジェクトも進行中です!フォームはこちら


特設ページも開設しています!

『丹下健三』デジタル版発売中! 章ごとでも配信中の1〜5章について紹介!

f:id:shinkenchikusha:20171004132015p:plain

 

デジタル版購入はこちら
再刷プロジェクトも進行中!申し込みはこちら



2002年、当社より限定2,500部で刊行いたしました『丹下健三』(著:丹下健三藤森照信)ですが、発売から間もなく完売し、長らく品切れとなっておりました。 再刷をご要望される多くの声にお応えして、このたびデジタル版として発売することになり、丹下健三氏の生誕日でもある9月4日から発売を開始しました。


2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催を控え、2020年とその後の社会についてさまざまな議論が交わされています。 こうした中、あらためて前回(1964年)の東京大会を振り返り、その時、建築家は何を想い、何を未来へ託そうとしたのか、多くの施設を手がけた丹下氏の言葉と設計を通して、その思想の一端を識ることができるのではないでしょうか。

 

 

 

「第1章 生い立ち」

f:id:shinkenchikusha:20171004132124p:plain

第1章誌面


丹下氏の生い立ちまで遡り,丹下氏の育った家の描写,少年時代に何に興味を持ち影響を受けたのか,建築家を志すきっかけとなった「ソヴィエト・パレス」との出会いなど,それまで語られてこなかった丹下氏が大学入学するまでのエピソードが当時の時代背景を交えながら事細かに語られています.

 

姉と妹の記憶では、健三がカメラに没頭したのは中学1年生で、天体観測の方は2年生からという。...(16頁)

 


理科にいながら文科に心引かれる丹下は、いよいよ進路(大学受験)を決めなければならない3年生になった。そして、ある日、学校の図書館でいつものように新着の外国の芸術系の雑誌を読みあさっている時、ル・コルビュジェと出会ったのである。...(18頁)

 

 

「第2章 学生時代」

f:id:shinkenchikusha:20171004132206j:plain

 第2章誌面|右ページは丹下氏の卒業設計


丹下氏の学生時代について語られます.学生時代取り組んだ課題の図面など滅多に見ることができない貴重な資料が図版として掲載されています.また,丹下氏と学生時代を共にした方たちへのインタビューや丹下氏の処女論文である「<この後にくるもの>への考察──序──」の読み解きを掲載.彼が何を考え卒業設計に至ったかが語られています.

 

製図室は、設計にとどまらず自由な集いの場でもあり、時々、建築・美術書輸入業者の東光堂が新着の建築本や雑誌を風呂敷に包んで運んで来てテーブルの上にどっと広げると、学生たちは争うように手に取ってほしいものを買い取り、そうした本や雑誌をネタに建築について論じ合うのだった。...(28頁) 

 

 

「第3章 修行時代──前川事務所にて」

f:id:shinkenchikusha:20171004132246j:plain

第3章誌面|前川事務所での思い出が語られる

 

丹下氏が大学を卒業し前川國男建築設計事務所へ入所した頃のことが語られます.前川事務所で関係した仕事,当時の生活や前川事務所時代に編集していた雑誌『現代建築』に掲載された論文「MICHELANGELO頌──Le Corbusier論への序説として──」について語られます.また,ひとつの転機となった「岸記念体育会館」など仕事を始め徐々に頭角を現していく丹下氏の姿を追うことができる章となっています.

 

丹下の担当で岸記念体育会館が生み出された。集大成にふさわしく、レーモンド夏の家からは逆折り屋根によるダイナミズムを、パリ万博日本館からは柱梁の構造を強調した秩序感をそれぞれ引き継ぎ、ふたつを統合してそれまで誰も見たことのない木造モダニズムを実現した。...(70頁)

 

 

「第4章 戦時下のデビュー」

f:id:shinkenchikusha:20171004132441j:plain

第4章誌面|右ページは「大東亜建設記念造営計画」のパース

 

大学院に戻り都市計画の勉強を始めた丹下氏のエピソードから始まります.徐々に戦争が激しさを増していく中で丹下氏が1等を取った「大東亜建設記念造営計画」のコンペ,その詳細について語られます.圧倒的な表現力を持ったこの提案がどのようにして生まれたのか,丹下氏のそれまでの歴史を踏まえながら読み解かれていきます.

 

都市というとらえどころのないものを、人びとの動きに着目して構造化してみよう。芸術家と工学者が、美と数学が、大学院時代の丹下のなかには並存している。...(75頁)

 


(大東亜建設記念造営計画1等案について)丹下案は、モダニズムの先達としての前川の思考と予想の範囲を超えていた。前川は金的をねらい打ちされて絶賛を余儀なくされたのだった。...(82頁)

 

 

「第5章 戦争の果て」

f:id:shinkenchikusha:20171004132526j:plain

第5章誌面|右ページは「在盤谷日本文化会館建築懸賞設計」の図面


タイの首都・バンコク日本文化会館を建てる「在盤谷日本文化会館建築懸賞設計」のコンペのエピソードから始まります.また戦争時の建築家たちの動きについても語られ,戦争というものがどのような影響をもたらしたかが描き出されます.

 

大東亜建設記念造営計画コンペと在盤谷日本文化会館コンペのふたつに丹下は続けて勝った。ふたつの案はモダニズム建築家たちの国粋化を示すひと続きのものとしてとらえられやすいが、分けて考える必要がある。なぜなら、大東亜コンペ案は、モダニズムをベースにいかに伝統を取り込むかがテーマなのに、在盤谷コンペ案はそうではないからだ。違いは本質的と考えられる。...(102頁)

 

 


この後の章の紹介についても配信のたびにアップデートしていきます!丹下氏の貴重なエピソード,これを機にぜひご覧ください!

デジタル版(iOS版)購入はこちら


皆さまの応援で実現する再刷プロジェクトも進行中です!フォームはこちら


特設ページも開設しています!